NLP情報局 NLPトレーナー梅本和比己のブログ

Archive for 5 月 14th, 2007

NLP発達心理学に出会って

月曜日, 5 月 14th, 2007

16taka22.gifセミナー参加者体験談


 b007lis.gif 「 NLP発達心理学に出会って」



1. 自分が探していたものがあるという確信が

 私は、人生の中で自分を成長させる機会にたえず恵まれてきました。10歳の時、知恵遅れの叔父の面倒を我が家で見ることになったこと。16歳で脳腫瘍の疑いで開頭手術を受けたこと、27歳で幼稚園を経営していた父と主人の事故のため、園長に就任したこと、31歳の時、長女が目の筋力が弱く、視力の出ない目の病気であることが判ったこと、35歳の時、長男が学習障害児であることが判明したことでした。

 教育学だけで、生きることが難しくなった私は、臨床心理学を学び始めたのですが、10年後NLP発達心理学に運良く出会えたことに、心から感謝しています。そこには、私が、長い経験の中で苦しみながら、成長し気付いてきたことが理論的に述べられている、私が探していたものがあると確信したのです。今までの自分の中からぜい肉が削げ落されていながら、一回り大きくなった自分が抜け出てくる感覚を感じることができた研修でした。NLPは、私の人生の学習目標を全て実現させてくれるスキルとパワーを持った心理学でした。

2. 全ての人間関係に役立つ心理学

 この心理学は、自分の中にまるで、「ドラえもんの四次元ポケット」ができ、その中から、色々な物が飛び出して解決してくれるように、全ての人間関係に役立つ心理学であると思います。そこで私は、幼稚園の現場で、この心理学のことを「不思議なポケット心理学」と呼んでいますが、自分の心のポケットからいつでも出せるように、そのスキルを学び、一つでも身につけることによって、まるで「ドラえもんのどこでもドア」のように、自分の心が自由に何処にでも行くことができるようになり(これを私は、羽がはえてエンジェルになることに例えて「エンジェル効果」と現場で呼んでいます)、そのことによって、楽に生きられ、より柔軟性を持って考え、物事を、更に統合した見地から思考し、行動ができるようになりました。

 もちろん、NLPは「それを望んでいる人が望みを達成する」というのが基本ですので、「人間関係も、全て、私は今のままでいい。変わりたくない」時があってもいいのです。そんな自分も受け入れられるようになれるところが不思議です。どんな人も、どんな自分も、どんな時でも受け入れられ、認められる、そして自信を持って生きていける、そんな自分を発見できる心理学であると、今、心から確信しています。

                                         幼稚園経営 M.T


NLPを学んで

月曜日, 5 月 14th, 2007

16taka22.gifセミナー参加者体験談


 b006lis.gif 「NLPを学んで」



1. カウンセリングをライフワークにする決意

 NLPと出会ったのは、2年前、教師を退職しカウンセラーとして歩き始めて3年目の春でした。10日間のプラクティショナーコースを受けて帰る列車の中で、私は強い電流が流れたように体の感覚がしびれ、ぼーっとしていたのを覚えています。最後のセッションで挑戦したテーマは、そのときの自分にとって大きな課題でした。同じグループメンバーの方がしっかり丁寧にワークしてくれました。これまで見えなかった角度からその課題をとらえ直すことで、自分の狭い枠組みがこわれ、大きな枠組みができたのを漠然と感じました。自分の中で何が起きたのかわからず、ノートにワークの流れを振り返り書き留めてみました。しかし、やはりそのときは、ただ、大きな変化が起きたということしかわかりませんでした。

 それから一ヶ月くらいたったときです。車の運転中に突然、洞察が起きました。「ああ、そうだ。そうなんだ!」私は興奮し、喜びがわき起こってくるのをじんじん感じていました。 何度かその洞察が余震のように起きました。そのときから、私はカウンセリングを自分のライフワークにしていく決意をはっきり固めていくことができたのです。

2. より柔軟になったカウンセリング

 カウンセラーとしては、NLPの様々な技法を学んだことで、パワフルな七つ道具と、いくつかの物差しを手に入れた気持ちでした。もちろんすぐには上手に使いこなせません。試行錯誤は今でも続いています。それでも徐々に、落ち着きと自信を身につけていくことができました。

 プラクティショナーコースに続き、昨年と今年、マスターレベルで学んだことで、私のカウンセリングはより柔軟になったように思います。難しい仕事が増えたにもかかわらず、楽しくなってきています。ときどきオーバーワークになるので、そのときは感覚の鋭敏さを取り戻すように、ためらいなく休みをとるようになりました。

3. 夢・カウンセリングの拠点づくりの実現

 NLPを学んだことは、私の人生のその他の面にも大きな影響を及ぼし始めました。以前からの夢であった、自然豊かな場所にカウンセリングの拠点をつくることが実現しました。今、緑に囲まれたささやかな木の家に住みながら、私自身が安らぎ、気づき、エネルギーを充電する日々です。ここを訪れる人たちも少しずつ増えています。この場所と建物をどう使っていくかは、これからの仕事です。チャンクを大きくしたり小さくしたりしながら、自由に過去や未来に飛びながら、また一体になって感じたり分離して考えたりしながら、きっとこれからも自分の望みを実現していけるだろうと思っています。

4. 人はそれぞれ違う地図を持ち、違う旅を!

 マスターレベルⅡの研修は私にとって幸せな時間でした。戻ってきたら、巷ではバスジャックなど青年による悲惨な事件が起きていました。振り子の反動のように私の中に苦しみが起きました。悲しかった。その苦しみがしばらく続いた後、今また、洞察が起きてきています。「人間」という生き物の、不確かさ、危うさ、おもしろさ。

 今回の研修で私は、「人はそれぞれ違う地図を持っており、それぞれ違う旅をしているのだ」ということを体感しました。おそらくその経験が今の洞察をもたらしているのだと思います。

 今回の研修の間、プラクティショナーのときから学びを共にしてきた愛しい人々の、それぞれの歌をたくさん聴いたように思います。メンバーたちはときにハーモニーになり、ときに合唱になり、ときに舞ってみせる。そして花開くことも。Jakeは見事なコンダクターでした。それぞれの旅、その人生が交わる瞬間瞬間の妙。なんなのでしょう!その喜びに打たれたとき、感謝の思いがあふれてきました。

 自分の地図を眺めてみると、その地図もNLPを学んでずいぶん変わりました。はっきり見えてもきました。これからはどんな旅をするのか、どんな出会いがあるのか、そしてまた地図はどんなふうに書き換えられるのか、楽しみです。

                                         カウンセラー R.S


NLPを学んで “私の発見”

月曜日, 5 月 14th, 2007

16taka22.gifセミナー参加者体験談


 b007lis.gif 「 NLP を学んで “私の発見”」



1. ああ、私は休みたかったんだ…

 NLPを学び日々実感しているのは、『自分が楽に生きられる』ようになってきたことです。NLPは、その方法を具体的に教えてくれました。

 私は、プラクティショナーに参加した頃、年に3~4回扁桃腺炎のため高熱を出し困っていました。仕事を休む訳にもいかず解熱剤で熱を下げ、抗生剤の点滴をしながら仕事をしました。しかし、全身の五感を使って傾聴する仕事柄、体調を崩すということは、感覚が万全に機能せず致命的なことでした。自己管理もできない自分に情けなさを感じ、どのようにコントロールしたらいいのか途方にくれていました。ヒントは、六段階リフレーミングのエクサで「自分にとって困った現象であっても、必ずその背後には肯定的問題を当てはめてみました。病気になることは私にとってとても困ることだけれど、これを肯定的に捉えいい聞いてみると「休むことができる…」とつぶやき、疲れ果てた体がやっと横たわることができるという感じを味わいました。そして、「ああ、私は休みたかったんだ…」と実感したのです。疲労がたまり、休みたくても休めない状況の中で無理していた自分に気づきました。

 NLPは『目標を明確化する』ことを重要視します。私の体が、手に入れたかったもの(目標)は「休養」でした。そのために病気になっていたとするならば、自分が困る状況を作らずに手に入れる方法を考えればいいわけです。NLPでは「問題をクリアにする方法は、その人自身が持っている。」といいます。そのためには、それまでの自分の行動がどうであったかを検証する必要がありました。帰宅は21時~22時はあたりまえ。連休は研修に行き一ヶ月休みなし。たまに早く帰れる日でも誘われると断れず、結局帰りは遅くなる。できそうになくても、頼まれると断れない。こうして振り返ってみても、息が詰まりそうになります。そこで私が決断したことは、勇気を持って“ノー”と言うことでした。健康を守るために遠慮せず休みをとること。できるだけ残業はしない。つきあいは回数を減らす。できないことはしっかり断る。とは言うものの、研修が終わり半年間は努力を要しました。しかし、それから現在までの3年間、扁桃腺炎による発熱はありません。NLPは、私の体が本当に必要としているものは何か、気づきを手に入れる方法を教えてくれました。そのことにより私は健康を維持することを手に入れたのです。

2. コミュニケーションを上手くする秘訣

 NLPと出会ってから3年目の研修を終え、自分の根っこにある抑圧と直面することができました。そしてなぜノーと言えない自分がいたのかを良く理解できました。

 人間は、人との交流無く生きることは不可能だといえます。人とのコミュニケーションを上手くする秘訣は、いかに“自分と上手く付き合えるか”だと思います。

 NLPは、自分を知り相手を知る手掛かりと方法を、知識ではなく体験を通して気づくことを教えてくれます。私は今、自分に正直に無理せず楽に生きることを選んでいます。本稿ではNLPを学び、それから得られた沢山の気づきの中から一つをご紹介しました。

                                            心理士 S.K


NLPを学んで-健康で幸せになるということ-

月曜日, 5 月 14th, 2007

16taka22.gifセミナー参加者体験談


 b006lis.gif 「NLPを学んで ─ 健康で幸せになるということ ─」



1. 求めていたものに出会った感激

 「自由に生きたい」、そのことがみんな一人一人に広がると、きっと誰もが「生きていることは素晴しい」と思える。これが、束縛の多かった高校生の頃より、私の心の底にあるテーマでした。人が、健康で幸せになれる真の学問を求めて、社会心理学に始まり、脳の仕組み、コンピューターと脳の異同、教育、生物学、医学、心理学と流れ流れて進んできました。

 一人一人自らが健康で幸せになる力を得る。そのためにどうすればよいのかを最も教えてくれたのは、患者さんや、生徒さんとの交流(実地)と、今まで学んできた知識(理論)の相互作用でした。ありのままの相手を肯定する時、相手に力が出るというのが実感でした。治療はいろいろな学びでかなりうまくいくようにはなっていたのですが、まだまだ納得できないことがたくさんありました。

 そんな中で知ったNLPの12の前提は、私が求めていたものに出会ったという感激でいっぱいにしてくれました。A、V、Kという知覚と記憶のシステムが一人一人違っていること、人それぞれの地図が違うこと、どんな問題行動にも肯定的意義があること、失敗はなくフィードバックあるのみということ、その他のどの前提をとってみても、一人一人違っている不完全な人間を存りのままに肯定し、可能性を信じるものばかりでした。

2. 私の夢と自分の生を肯定できる感じ

 一方、診療とは別に、人間性を大事にする学校づくりが、いつからか私の夢になっていました。小さなフリースクールから始めたい。人間存在肯定の中から、子どもたちの無限の可能性を引き出す学校を作りたい。財政的な問題、協力者の問題は昨年ごろより少しずつ前に向かって歩き始めました。

 しかし、私自身の問題が残っていました。組織を運営する限り、どんな人をも心から大事にできる能力です。5年前、私は誤解から、大変大きな声でどなられ、怖くておろおろした体験があります。そんな人ともうまくやりたい。私を決めつける人に動揺しないで、その人とうまくやれるようになれたらと思いながら、2000年のML-2のワーショップに参加しました。

 希望は見事にかなえられました。ワークショップの2日目、個人的思い入れから言葉の意味の正確さにこだわり、質問をして時間をかけるのは皆に悪いと言いながら時間をとってしまいました。仲間からその行動のstructureが私を限定していることを指摘してもらいました。「コミュニケーションは言葉ではなく、相手の中に経験をつくりだし、聞き手から反応を得ることである(NLP前提2)」の実例であったことを今は実感しています。

 しかし、一方でこの問題行動の肯定的意義に気づいたとき、その元である両親への感謝の気持ちがわき出てました。そして、自分の生を肯定できる感じが身体中にあふれるのを感じました。そして、不思議なことに、その時から、花や木々や空やいろいろな物が鮮やかに見えました。人との距離が変わり、人と接し易くなりました。そして、仲間も私と接し易くなっていたのです。そのことがさらに私を嬉しくさせました。

 抑圧への接近のワークも私にはとても大きなものでした。ヘルプを頼んだ新保トレナーズアシスタントの前で「人とうまくやりたいのに、うまくやれないことがあるんです。」自然に、抑圧に迫る答えが出ていました。5年前罵倒され、おろおろした過去の体験を思い出すと、自然に両肩のあたりに、黄茶色の熱い楕円形でまわりにコロナの様な冷たい光を発する物体の様なものを感じて、とても不安で怖くなりました。その感じを抱きながら、T-Dサーチを用いて過去にさかのぼると、大きな家に一人で留守番させられた怖かった体験などが出てきました。抑圧された過去の体験が、頭脳ではなく身体に現われる体験でした

 これは、とても精神分析的にみえますが、精神医学的には、認知─身体反応・情動(本能・欲求)─外的反応の体験でした。脳形態学的、脳機能学的には大脳新皮質─大脳辺縁系─自律神経系の連鎖の体験でもあります。

 抑圧された恐怖と不安の身体反応が再現したのでした。一生懸命動揺を抑え、理性的になろうとしても、身体反応は正直で、相手に私への否定的体験を引き起こしていたのだということに気づきました。

3. 学んだスキルがより豊かに使えるようになって

 今、私はとても身も心も解放されて自由になったという気がしています。他人をまるごと感じる力が大きくなったように感じます。患者さんへのアプローチ、講演内容も大きくなり、より私の意図したことが伝わるようになりました。また、相手の地図を引き出し、尊重する力が強まり、プラクティショナーコースやML-1、ML-2で学んだことや skill が、より豊かに使えるようになりました。お店に行っても、タクシーに乗っても、嘘のようにみんなが親切なのです。フリースクール設立へ向かっての研究会は、アスパル(明日・友達)と名づけスタートしました。本当に一人一人違うけれども良い体験を作りあえるメンバーが揃いました。フリースクールの目標は「単なる癒しの場であるだけでなく、自分で健康で幸せになる力をつける」ということで、合意しています。

 最後になりましたが、ワークショップに参加した仲間が、一人一人本当に苦しいけれど、素敵でした。それぞれのいろいろな体験が見え、またそのことが私に体験を起し、反応し、また、仲間が体験をし、反応をする。その繰り返しは生きている感動に満ちていました。先生方は勿論ですが、どんな苦しい中でも、リソースをいっぱい持ったNLPの仲間とまた会えて、コミュニケーションできるのが楽しみです。

                                             医師 S.T


NLPの深さを垣間見て

月曜日, 5 月 14th, 2007

16taka22.gifセミナー参加者体験談


 b007lis.gif 「NLPの深さを垣間見て」



1. あっ、トイレに行かなかった!

 3年前、研修日程が10日間との案内状を見て、今まで体験したワークショップに無い長さだからこそ参加してみようかなと気持ちが動きましたし、鹿児島から行くのだから2~3回分の旅費の節約にもなる内容であればなーとの思いも重ねて、前後泊合わせて12日間の箱根研修をスタートさせました。

 1年目での私の印象的な体験の一つは、ジェイクの包括的モデルのエクササイズでした。それまで私は本屋に行くといつも何故かガスが腸内を走り出し、トイレに行きたくなってじっくり本を見て回る余裕がなくなってしますのです。ずっとそれが我ながら不思議でしたので取り組んでみたのでした。

 自分の欲しい本があるかなと落ち着かない気分で入り口から本棚の前まで進むと、ギラギラした照明とともに宣伝のビラや背表紙にある文字が一度に洪水のように押し寄せてくるのです。とたんに腸が動き出し、下腹が張ってきました。そこで本にまつわる情景の中で、幼い頃母が読んでくれた本の、中でも大好きだった『港に着いたくろんぼ』の世界にはまりこんでいる自分を思い起こし、本を取り出すという行動と、母の読み聞かせの場面をドッキングさせました。しかしその頃は夜になるとよく停電となっていましたので、母は蝋燭の燈の近くで読んでいたなということも思い出すと、本屋の強烈な明るさがスーッと収まったようでした。そこで再び本屋に入る時、ちょっと目を伏せ、ゆったりした歩き方で本屋に近づき、めぼしい本を何回も手に取ったり元に戻したりしましたが、体調はO.K.で本屋を出るときもまだ懐かしい感じに包まれている気がしました。こうした体験をして鹿児島に帰り、しばらくしてある本屋から出たとたん、「あっ、トイレに行かなかった!」と驚きの声を飲み込んでフフと一人笑いしましたが、その後困ったことにはなっていません。

2. ジェットコースターの恐怖を克服

 2年目からは東京での研修ですが、この年の強烈な体験は、ジェットコースターでの恐怖を克服したことでした。恐怖の真っ只中にいるときの私は、目を閉じ、身体や手足はガチガチになるくらい力を入れて踏ん張り、かつて夢で体験した奈落の底に落ちていく感じだけしか味わっていませんでした。二度と乗るもんかとの思いでフラフラになって降りたのに、同じ体験を満足している仲間たちが何人もいるのです!!

 私はこの現実の恐怖体験を現実のままに残したくないとの一念で、周囲の助言をかみしめて再びジェットコースターに挑戦しました。目を見開き、柳に風の如く揺れるに任せ、“今、ここ”での自分を刻々と感じることにただただ努めたのでした。そして“上り詰めたら奈落の底へ”が“上り詰めたら新しい体験が開ける”と私の信条を修正することができました。


3. NLPは生きるための杭に

  3年目は、50余年間踏みしめてきた足元がふらついている自分を正視することになり、今その真っ只中にいます。発達のどのレベルにいるのか、どういうことを無意識のレベルに追いやることで安定を保ってきたのかなど、ともすると正視することすら止めたくなっている自分に気づいて苦笑するしかない時もあります。私がよしとしてきたパターン、身近なそれぞれの人たちのパターンはジグゾーパズルの一片のように、経てきた“時”を鍵としてピタリと同定されるのです! どうやら、私は発達の初期のレベルのある重要な部分を未消化のままで今に至っているようです。じっくり見続けていくうちに、取り組める“時”に出会うことになるのでしょう。

 NLPでの1年目は、あたかも料理作りのための材料集めでした。新鮮で、調理するにもってこいの素材は、柔軟な感覚を駆使し、適切なスキルで手に入れなければなりません。2年目は、材料のいくつかを使って数品の料理作りに取り組みました。それらは場当たり的にできた品々ではなく、収まるべくしてできたという感じでした。3年目は、その料理を作ることにした私自身への気づきを深めることでした。この品を作ることにしたのにはそれなりの必然性あってのことなのだと思えるようになりました。

 料理は私が生き生きと生きていくためには欠かせない文化の一つです。それ故、今やNLPは私が生きるための一つの確かな杭打となり始めました。

                                             教員 K.T