セミナー参加者体験談
1. あっ、トイレに行かなかった!
3年前、研修日程が10日間との案内状を見て、今まで体験したワークショップに無い長さだからこそ参加してみようかなと気持ちが動きましたし、鹿児島から行くのだから2~3回分の旅費の節約にもなる内容であればなーとの思いも重ねて、前後泊合わせて12日間の箱根研修をスタートさせました。
1年目での私の印象的な体験の一つは、ジェイクの包括的モデルのエクササイズでした。それまで私は本屋に行くといつも何故かガスが腸内を走り出し、トイレに行きたくなってじっくり本を見て回る余裕がなくなってしますのです。ずっとそれが我ながら不思議でしたので取り組んでみたのでした。
自分の欲しい本があるかなと落ち着かない気分で入り口から本棚の前まで進むと、ギラギラした照明とともに宣伝のビラや背表紙にある文字が一度に洪水のように押し寄せてくるのです。とたんに腸が動き出し、下腹が張ってきました。そこで本にまつわる情景の中で、幼い頃母が読んでくれた本の、中でも大好きだった『港に着いたくろんぼ』の世界にはまりこんでいる自分を思い起こし、本を取り出すという行動と、母の読み聞かせの場面をドッキングさせました。しかしその頃は夜になるとよく停電となっていましたので、母は蝋燭の燈の近くで読んでいたなということも思い出すと、本屋の強烈な明るさがスーッと収まったようでした。そこで再び本屋に入る時、ちょっと目を伏せ、ゆったりした歩き方で本屋に近づき、めぼしい本を何回も手に取ったり元に戻したりしましたが、体調はO.K.で本屋を出るときもまだ懐かしい感じに包まれている気がしました。こうした体験をして鹿児島に帰り、しばらくしてある本屋から出たとたん、「あっ、トイレに行かなかった!」と驚きの声を飲み込んでフフと一人笑いしましたが、その後困ったことにはなっていません。
2. ジェットコースターの恐怖を克服
2年目からは東京での研修ですが、この年の強烈な体験は、ジェットコースターでの恐怖を克服したことでした。恐怖の真っ只中にいるときの私は、目を閉じ、身体や手足はガチガチになるくらい力を入れて踏ん張り、かつて夢で体験した奈落の底に落ちていく感じだけしか味わっていませんでした。二度と乗るもんかとの思いでフラフラになって降りたのに、同じ体験を満足している仲間たちが何人もいるのです!!
私はこの現実の恐怖体験を現実のままに残したくないとの一念で、周囲の助言をかみしめて再びジェットコースターに挑戦しました。目を見開き、柳に風の如く揺れるに任せ、“今、ここ”での自分を刻々と感じることにただただ努めたのでした。そして“上り詰めたら奈落の底へ”が“上り詰めたら新しい体験が開ける”と私の信条を修正することができました。
3. NLPは生きるための杭に
3年目は、50余年間踏みしめてきた足元がふらついている自分を正視することになり、今その真っ只中にいます。発達のどのレベルにいるのか、どういうことを無意識のレベルに追いやることで安定を保ってきたのかなど、ともすると正視することすら止めたくなっている自分に気づいて苦笑するしかない時もあります。私がよしとしてきたパターン、身近なそれぞれの人たちのパターンはジグゾーパズルの一片のように、経てきた“時”を鍵としてピタリと同定されるのです! どうやら、私は発達の初期のレベルのある重要な部分を未消化のままで今に至っているようです。じっくり見続けていくうちに、取り組める“時”に出会うことになるのでしょう。
NLPでの1年目は、あたかも料理作りのための材料集めでした。新鮮で、調理するにもってこいの素材は、柔軟な感覚を駆使し、適切なスキルで手に入れなければなりません。2年目は、材料のいくつかを使って数品の料理作りに取り組みました。それらは場当たり的にできた品々ではなく、収まるべくしてできたという感じでした。3年目は、その料理を作ることにした私自身への気づきを深めることでした。この品を作ることにしたのにはそれなりの必然性あってのことなのだと思えるようになりました。
料理は私が生き生きと生きていくためには欠かせない文化の一つです。それ故、今やNLPは私が生きるための一つの確かな杭打となり始めました。
教員 K.T
